偏差値30だった僕が特待生で明治大学に合格した話【前編】
「大学受験するやつなんて、頭悪いでしょ笑」
一貫校に通っていた僕は、本気でそう思っていました。
はじめまして。まくろ(@makuroblog)と申します。
今回はそんな僕が受験を決意し、大きく変わった大学受験について話させてください。
自分語りになるし、誰に需要があるかはわかりませんが、学生に向けて何かが伝われが嬉しいです。
それまでの僕
僕は中学受験で私立中学に進学しました。
ただ、中学受験と聞くと賢いのかと思われがちですが、当時の僕は全く逆。小学生の時に通っていた塾では最底辺クラス・偏差値40くらいの中学校を二次試験でどうにか合格したレベルでした。
その後も学校内で勉強することはなく、頭も良くなかった僕は高校受験を経験せず、付属の高校に進学します。
高校の偏差値は60と"自称進学校"であったが、エスカレーター式での進学だったので偏差値はそのまま見事にキープ。成績は悪く、定期テストごとに発表される順位では下位20%が当たり前の日々でした。
おまけにスポーツも得意ではなかったので、部活もサボりがちな毎日を送っていました。
そんな当時の僕は、どうにかしてそのまま付属の大学に進学することだけを考えていました。
大学受験を決意した高2の冬
大学受験を決意したのは、一人の大学生との出会いでした。
だらしない学校生活を見かねてか、突然父に紹介されたのは東京大学に通う大学生。僕とは真反対の人間で、非常に優秀な方でした。
この出会いで、残りの高校生活が大きく変わることになります。
自分がとにかく嫌いだった
初対面ではありましたが、その方とは思った以上に会話がはずみました。
しかし、しばらく話していて学校生活の話題になると、愚痴や不満しか漏れてこない自分に気がつきました。
当時は部活も真面目にやっておらず、毎日サボる理由を探していつものメンバーと堕落した生活を送り、授業は基本的に寝ているか友達と話しているかのどちらかでした。
自分について話すことで、どれだけ堕落した学生生活を送ってきたのかに初めて気づくことができました。
そして、「このまま堕落した生活を送り、中途半端なままで大学に進学する。」という事実が急に不安になってきました。
今思い返してみたら、たぶん東大の先輩は最初からわかっていたのかもしれません。出会わせてくれた両親もしてやったりだったかもしれません。
でも、当時の僕はとにかくこの生活を変えたいという思いがふつふつと湧き上がってきたんです。
そして、僕は大学受験を決意しました。
理想と現実
大学受験をすると決意した後、付属大学への進学する権利を破棄する旨を先生に伝え、退路を絶ちました。
もちろん周囲からは反対の声ばかり。
「このまま付属で進学したほうが楽だ。」
「こんな時期にこんな成績でやったって受からない」
「あいつが大学受験するってよ笑」
それもそのはず。いつも勉強しないで赤点スレスレの点数を取り続けてきた僕が急に勉強するって言い張るんです。
でも、僕の決意は堅かった。
「嫌な自分を変えたい。」その一心で。
そのまま迷うことなく塾へ向かいます。
しかし、入塾テストを受けていわれたのは、「君の成績じゃ入塾すらできないよ。」の一言でした。
そう。当時の僕は残念なことに自分の頭の悪さに気はついていなかったんです。
まさに脳内お花畑。
ちなみに当時受けさせられた入塾テストはセンター試験をまねて作成されたもので、
- 英語 : 30/200
- 国語 : 40/200
- 日本史 : 40/100
この絶望的な成績で、第一志望校は慶應義塾大学。
なぜならかっこいいから、モテそうだからという不純な理由でした。
当然、判定はE。
最終的には、入塾する代わりに、学校が終わってから塾が閉まるまで毎日勉強し続けるという条件で入塾させてもらいました。
高校2年の12月。ここから僕の大学受験が始まりました。